高齢者の睡眠障害・意欲低下に対するアロマテラピーの
有効性の検討
~ラベンダー、オレンジスイート、グレープフルーツ、 ティートゥリーオイルを使用して~
Kinouchi Noriko Hibino Shingo Hibino Toshiyuki
木内令子1) 日比野真吾2) 日比野敏行3)
1)日比野病院薬剤部 2)同副院長 3)同院長
Geriatric Medicine 49(11): 1339 -1343 2011
はじめに
高齢者の入院においては不眠や不穏、せん妄、昼夜逆転といった睡眠障害が生じることが多く、一般的には睡眠 剤や鎮静剤などが投与されている。しかし、高齢者では腎機能や肝機能の低下がみられ、副作用が出現することもある。また、リハビリテーションやレクリエー ションへの参加意欲の低下などにより、ADLが次第に低下するということも日常的に経験されるが、なかなか対応が困難な問題である。 ところで、精油(アロマエッセンシャルオイル)を用いたアロマテラピーは古来より、 香りの作用に基づいて精神安定や不眠改善のために用いられてきた民間療法であったが1)2) 最近、代替医療の一つとして不眠3)やせん妄4)5)、誤嚥肺炎予防6)や認知症7)に対しても有効であることが報告されている 。アロマテラピーが注目されるようになったのは、その有効性のみならず、内服薬や注射薬とは異なり体に穏やかに作用するため、副作用が少なく使いやすいの もその理由の一つであるといわれている。われわれは、前報8)で高齢者に対してアロマテラピーを行い、情緒や食欲の改善に有効であることを報告したが、今 回はさらに高齢者にとって重要な課題である睡眠障害、意欲低下に対してもアロマテラピーが有効であるかどうか検討を行った。 ラベンダーは、気分・情緒面に対して鎮静作用を持つといわれており、不眠やせん妄にも効果的であるという報告3)4)5)があることから、まず、睡眠障害 に対するラベンダーの有効性を検討した。次に、以前に報告したように、当院では手浴・足浴あるいはレクリエーションなどの娯楽時間にオレンジスイート・グ レープフルーツ・ティートゥリーの香りを用いたアロマテ ラピーを行っており、対象者本人へのアンケート調査を用いた評価では主観的な意欲、情動面での改善をもたらした8)。そこで、今回は意欲低下に対する有効 性の客観的評価を知るため、同アロマテラピーが、当院において日々自由意思に基づいて行われているリハビリテーションへの参加意欲を向上させることにつな がったかどうか簡易な方法で検討を行った。
方法
1. 対象
H22年10月6日~H23年1月15日、日比野病院において、アロマテラピー(ラベンダー、オレンジス イート、グレープフルーツ、ティートゥリーの精油を使用)に対して口頭ないし書面で同意を得た入院中の患者15名を対象とした。男性3名、女性12 名、平均年齢は81歳(67歳~99歳)であった。基礎疾患としては、脳梗塞後遺症、認知障害、心不全、腎機能障害、狭心症などを有していたが症状は安定 していた。
ラベンダー対象者は、開始時に不眠や不穏により睡眠障害を有していた5名(男性1名、女性4名)、オレンジスイート、グレープフルーツ、ティートゥリーオイル対象者はリハビリテーションを行なっている10名(男性2名、女性8名)であった。
2.使用した精油(アロマエッセンシャルオイル)および使用方法
・ラベンダーオイルの使用方法
*就寝時、対象者の病室において使用
ラベンダーオイル®(ease-aroma-shop社製)5滴を、アロマウォーマー®(良品計画社製)を用いて加熱し翌朝まで継続した(21:00~5:00)。
*対象者のうち1名は、アロマポットを倒すなどの不穏行動を起こすことがあるため、 ラベンダーオイル5滴を手持ちのスカーフに垂らして首に巻いた(21:00~5:00)。
・オレンジスイート、ティートゥリーオイル の使用方法
*1日1回、約10分間の手浴・足浴施行時に使用
手浴、足浴にオレンジスイート・ティートゥリーオイル®(ease-aroma-shop社製)の混合液(2:1)を作成し、対象者個人ごとに用意する手浴、足浴用の温湯1.5L(3 7~38°C)に1滴ずつ加えて使用した。
・グレープフルーツオイルの使用方法
*1日1回午後の娯楽時間(14時~15時30分)に対象者が集う娯楽室又はレクリエーション室において使用
対象者が集う30分前から娯楽室またはレクリエーション室(広さ33.3m²)においてグレープフルーツオイル®(ease-aroma-shop社製)4滴をアロマウォーマー®(良品 計画社製)を用いて加熱を開始し、終了まで継続した(約1時間30分)。
*娯楽室,レクリエーション室へ参加せず、自室で過ごされた場合の対応
ハンドタオルにグレープフルーツオイルを2~3滴浸透させたものを、対象者の枕元に約1時間30分放置した。
3 効果判定のための検討項目と評価方法
ラベンダーオイルによる睡眠、鎮静効果の評価については客観性を保つため、アロマテラピー実施前後7日間ず つの夜間(21:00~6:00)のナースコールの回数、および不穏状態が確認された回数と、定時3回(21:00, 0:00. 3:00)の見回り時の覚醒回数を合計して評価した。加えて、睡眠薬、鎮静薬の服用回数についても評価した。 また、オレンジスイート、グレープフルーツ、ティートゥリーオイルによる意欲低下に対する有効性の評価については、アロマテラピー開始前後10日間ずつに わたり、本人の自由意思に基づいて参加したリハビリテーションの回数を合計して評価した。
結果
まず、ラベンダーを用いたアロマテラピーで、対象者5名(A~E)の、不穏状態が確認された回数と、見回り 時の覚醒の総回数がアロマテラピー開始前7日間で63回であったが、アロマテラピー開始後は15回に減少していた(表1)。そのうち、1名(A)は定期薬 として睡眠薬を服用しており、同用量を継続投与した。2名(B、E)はアロマテラピー開始前は不穏時に精神安定薬を追加頓用していたにもかかわらず、アロ マテラピー開始後は追加頓用を必要としなくなった。途中脱落者はなく、基礎疾患に変化はみられなかっ た。アロマテラピーによる副作用もみられなかった。
次に、オレンジスイート、グレープフルーツ、ティートゥリーを用いたアロマテラピーでは、10名の自由意思によるリハビリテーションの参加総回数が、アロマテラピー開始前の81回から開始後は1回増えて82回であった(表2)。
全体の内訳をみると、6名(症例1~6)は不変であったがそのうち以前からリハビリテーションへの参加意欲 の高かった5名については1名(症例3)は9回から9回、4名(症例1.2,5.6)は10回から10回で変化は無く、他1名(症例4)は0回から0回で あった。 また、4名(症例7~10)に変化がみられ、1名(症例7)は1回増加、2名(症例 8,9)は1回減少、1名(症例10)は2回増加した。途中脱落はなく、基礎疾患に変化はみられなかった。アロマテラピーによる副作用もみられなかった。
考察
高齢者にとって睡眠障害や夜間のせん妄、意欲低下などは、QOLを大きくそこなう重大な問題となっている。 これに対応するため、睡眠剤、鎮静剤や抗うつ剤などを用いると、 高齢者の場合日中にまで薬剤の効果が遷延し、日中の活動が制限される場合がある。 そこで代替医療の一つとしてアロマテラピーが用いられているがその有用性が報告される一方で有用性がみられなかったという報告もある 9)10)11)12)。 今回我々は睡眠障害をもった高齢者に対して、代替医療としてラベンダーを用いたアロマテラピーをおこなったが、基礎疾患の悪化や日中の活動制限などはみら れず、5例全例で著明な改善効果がみられ、鎮静剤の追加投与も不要となった例も認められた。このことから、ラベンダーによるアロマテラピーは高齢者の睡眠 障害に非常に有効である可能性が示唆された。もっとも、今回の報告では、オレンジスイート、グレープフルーツ、ティートゥリーなどのアロマテラピーも以前 より実施しており、意欲や情動面の改善効果8)が相乗的に作用した可能性も否定できない。また、症例数も少なく短期間での調査であるため十分に検証された とは言い難い。今後、多施設でさらに多数の睡眠障害をもった高齢者についても検討される必要があると思われる。
次に、オレンジスイート・グレープフルーツ・ティートゥリーを用いた意欲の改善についてみると、自己意志に よるリハビリ参加の回数に大きな変化はみられなかった。 前報では、アロマテラピーの実施により主観的な意欲や情動面の改善がみられたにもかかわらず、今回のリハビリテーションへの参加回数という客観的評価で は、大きな改善効果が認められなかった。これは、アロマテラピーがリハビリテーションという労作を行うほどの意欲向上をもたらすものではないということを 示しているのかもしれない。しかし、情動面の改善とともに数字には表れないが、参加回数が少なかった症例の中にアロマテラピー後よりいい香りだ等と少しず つ徐々にではあるが笑顔が増えていったことも観察された。したがって使用前後10日間のみならず長期的視点での評価も必要であると思われ現在検討中であ る。
その他、今回の調査では、特定の香りを嫌ってアロマテラピーを中止する対象者はいなかったが、香りに対する 好き嫌いの個人差もアロマテラピーの効果に影響を与えるのではないかと考えられた。今回の報告では、途中の脱落者はなく、副作用もみられなかったことから もアロマエッセンシャルオイルの香りを吸入するアロマテラピーは比較的導入しやすいと思われる。しかしながら、アロマテラピーの効果判定は主観によること が大きく、有効性を客観的に確 認することが難しい。今回我々はできる限り簡易で客観的な評価方法を取り入れその有効性を検討したが、このように簡易な方法で評価検討することもアロマテ ラピーの有効性と限界を知る上で有用であると思われた。
参考文献
1)UK:Aromatherapy. Lancet 336 : 1120.(NEWS and COMMENT), 1990
2)林伸光 監修:アロマテラピーコンプリートブック上巻・下巻. ライブラリ香りの学校, 株式会社BABジャパン, 2008.
3)平沢千枝 ほか:ラベンダーオイルによる安眠効果の検討. 日本看護学会論文集 成人看護II 35 : 24-26, 2005.
4)菊池リミ子 ほか : 脳血管障害患者の睡眠・覚醒リズム障害に対するアロマテラピー の有用性. 日本看護学会誌 6 : 9-15, 2003.
5)Lin PW et al : Efficacy of aromatherapy (Lavandula angustifolia) as an intervention for agitated behaviours in Chinese older persons with dementia : a cross-over randomized trial. Int J Geriatr Psychiatry, 22 : 405-410, 2007.
6)海老原寛 : 高齢者の肺炎と嚥下機能. Geriatric Mediccine 48 : 43-48, 2010.
7)米村有希 ほか : アルツハイマー病患者に対するアロマセラピーの有用性. Demencia Japan 19 : 77-85, 2005
8)木内令子 ほか : アロマテラピーの臨床における有効性の検討 ーオレンジスイート、 グレープフルーツ、ブラックペッパー、ティートゥリーオイルを使用してー . Progress in Medicine 31:587-590, 2011.
9)緑川優子 ほか : 術後せん妄予防のためにアロマテラピー芳香浴を用いての比較検討. 福島県農村医学会雑誌 51 : 37-41, 2009.
10)田代京子 川野郁美 : 緩和ケアにおける眠れない患者さんへの看護介入の実態 IDA SCORE を用いてのQOLの評価. 日本看護学会誌 成人看護II 34 : 191-193, 2004.
11)今中操 : 消化器系疾患患者の術前の不眠へのケア アロマテラピーの試みと下剤投与時間の検討. 看護実践の科学 26 : 34-38, 2001.
12)P.H. Graham , et al : Inhalation Aromatherapy : Results of a Placebo- Controlled Duble-Blind Randomized Trial. J Clin Oncol ,21 , 2372 -2376, 2003
Efficacy of aromatherapy for old people with sleep disturbance and loss of willingness
Noriko Kinouchi, Shingo Hibino and Toshiyuki Hibino*
*Hibino Hospital
Old people sometimes suffer from sleep disturbance and loss of willingness. Mostly they are medicated with sedatives or anti-depression drugs. When the function of their liver or kidneys is insufficient, they tend to have the side effects of those drugs. Aromatherapy has been used throughout history for promoting relaxation and stress reduction. To cope with these problems, we used aromatherapy for them.
The result shows that Lavender is remarkably effective for sleep disturbance, on the other hand, Grape-fruits, Orange-sweet and Tea-tree are not effective for loss of willingness in the short term. Our report suggests that aromatherapy has a possibility to be an alternative therapy in the treatment of old people with sleep disturbance.
No side effect has been obserbed so far.