アロマテラピーの臨床における有効性の検討
オレンジスイート、グレープフルーツ、ブラックペッパー、ティートゥリーオイルを使用して
Kinouchi Noriko Hibino Shingo Hibino Toshiyuki
木内令子1) 日比野真吾2) 日比野敏行3)
1)日比野病院薬剤部 2)同副院長 3)同院長
Progress in Medicine Vol.31No.2 587-590 2011
はじめに
高齢化社会の進行に伴い高齢者の入院が増えてきている。彼らは医療面での投薬を十分に受けていても食欲の低 下や、不眠、情緒面の不安定などが問題となることがある。そこで医療環境の改善という視点から、薬剤投与以外の方法でもこれらの問題を改善できないか検討 することが重要である。
ところで、アロマテラピーは古来より行なわれている植物の香りや成分を利用した健康法1)2)であり、リラ クゼーションやストレスケアの目的で芳香植物から抽出した精油(エッセンシャルオイル)を用いて行われている3)4)5)。欧米では臨床報告例は多いが、 本邦では臨床応用を報告した例は従来少なかった。近年、認知症患者らに使用6)されその有用性から注目されるようになってきたが十分活用されているとは言 い難い。
そこで我々は、気分・情緒面の安定作用を持つオレンジスイート・グレープフルーツ、情緒面の安定作用・殺菌 作用を併せ持つティートゥリー、嚥下改善・食欲増進作用を持つブラックペッパー7)を使用したアロマテラピーを前述問題の対応策として用いることはできな いか検討を加えたので報告する。
方法
1.対象
2010年10月5日から10月31日まで日比野病院において、アロマテラピー(オレンジスイート、グレー プフルーツ、ティートゥリー、ブラックペッパーの精油を使用)に口頭、書面で同意を得た患者15名を対象とした。男性2名、女性13名、平均年齢は81歳 (67歳~99歳)であった。基礎疾患としては、脳梗塞後遺症、認知障害、心不全、腎機能障害、狭心症などを有していたが症状は安定していた。
2.使用した精油(アロマエッセンシャルオイル)および使用方法
オレンジスイート、グレープフルーツ、ティートゥリー、ブラックペッパーの精油(ease-aroma-shop社製)を、アロマウォーマーⓇ(良品計画社製)を用いて加熱した。
*食事時(昼食)の使用方法
食堂(広さ33.3㎡)にて食事30分前にブラックペッパーオイル(3滴)の加熱を開始し、食事終了まで継続した。(約1時間30分)
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レクリエーション時(1日1回)の使用方法
レクリエーション室(広さ33.3㎡)にてレクリエーション開始30分前からグレープフルーツオイル(4滴)の加熱を開始し、終了まで継続した。(約1時間30分)
・レクリエーション室に来られなかった場合
ハンドタオルにグレープフルーツオイルを数滴浸透させたものを、各自の枕元に約2時間放置した。
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手浴、足浴(1日1回)の使用方法
手浴にオレンジスイートオイル、足浴にオレンジスイート・ティートゥリーオイルの混合液(2:1)を作成し、各自の手浴、足浴ごとに、温湯1.5L(37~38℃)に1滴ずつ加え使用した(約10分)。
3.アンケート調査と検討項目
アロマテラピー実施後10日間の情動面(①~⑤,以下質問番号を示す)、食事面(⑥⑦⑧)、睡眠状況(⑨) の三項目を中心に、症状の変化(⑩)も加えてこれらの変化を5段階に分け、本人評価をアンケート用紙に記入してもらった。これについては、客観性を保つた め、看護師、介護士による第三者評価(⑪⑫⑬)を同時に独立して行った。
また、食事量の変化については、実施前一週間、実施後一週間の主食・副食の摂取を10段階表示で行い、その合計を比較した。
結果
まず、情動面では5項目(①~⑤)で評価しているが、表1に示されるようにオレンジスイート、グレープフ ルーツの使用により全体として約3割が以前に比べ良くなったと報告している。一方13%がイライラ、興奮、不安(①②)などでやや悪くなったように感じる と報告している。これについては、本人評価によるものであるが、以前から感情の起伏がみられており、その後の経過からも一概にアロマテラピーによる悪影響 であるとは考えにくかった。また、第三者評価(⑪)によれば特に変化がみられなかったと報告されている。
次に、睡眠状況(⑨)に関しても、47%に改善がみられた。同時に独立して行った第三者評価(⑬)でも同様に33%に改善がみられたと報告されている。
さらに、食欲(⑥)については40%が改善し、ブラックペッパーによる唾液増量効果(⑦)も33%に認められている。便通(⑧)には大きな変化はなかったようである。食事摂取量の変化については、表2に示されるように主食が10%、副食が21%増加した。
また、15名のうち2名からは、開始初日ににおいが強いとの訴えがあったが、軽度のため継続可能であった。
その他、経過中に特に副作用は認められず、基礎疾患についての悪影響もみられなかった(⑩)。
表2 食事量の変化(昼食)
使用前 使用後 変化
主食 867/1050 949/1050 10%増
副食 724/1050 873/1050 21%増
実施前後1週間の総量の比較
総量:10段階評価×15人×7日=1050
考察
近年高齢者の入院者数は増加しており、入院期間も長期にわたることが多く入院中に孤独感を感じることが少なくない。そして、脳血管障害や心臓、腎臓、消化器機能の低下なども合併することがあり、食欲低下、情緒不安定、不眠などを引き起こすことも多い。
通常これらの問題には投薬で対応されることになるが、高齢者の場合、副作用が生じることもある。また、一人一人に投薬すると、医療費がそのつど加算されることになり、医療経済的にも負担が増えることになる。
そこで、われわれは、投薬以外の方法でこれらの問題に対応できないかと考え3)4)5)、古来より用いられ、副作用も少ないといわれるアロマテラピー1)2)を行い検討することにした。
まず、情動面での効果を期待して、気分・情緒面の安定作用をもつオレンジスイート・グレープフルーツ、情緒 面の安定とともに殺菌作用をあわせもつティートゥリーを選択した2)。結果は、表1に示すように情動面で約3割の人に改善効果がみられた また、これらは 通常 睡眠補助効果を期待して使用されることは少ないが、睡眠状況にも47%の人に改善がみられた。これは、リハビリ、レクリエーションでの積極性が改善 され、活動性があがったことによる影響もあったのではないかと考えられた。本人評価については主観面での評価であるため、不明瞭な部分もあることから、で きるだけ客観性を保つため、同時に独立して第三者評価を行ったが、本人評価とほぼ同等の結果が得られた。
次に、嚥下改善・食欲増進作用を期待してブラックペッパー7)を用いた。表1に示すように40%に食欲の改 善がみられ、33%に唾液分泌の増加もみられた。第3者評価でも食事摂取の増加が指摘されていたが、アロマテラピー実施前1週間と実施後1週間の総摂取量 の比較測定を行ったところ、表2にみられるように主食10%、副食21%の増量がみられた。この効果は、腸蠕動運動の亢進を意味する排ガス、排便量の変化 などはみられなかったことから、唾液分泌の増加や食欲中枢の刺激によるものであると考えられた。最後に、基礎疾患自体に対する改善効果はみられなかった が、情動、食欲、睡眠の改善を図ることにより、長期的には基礎疾患などへの好影響も期待できるのではないかと考えられた。
以上、高齢の入院患者に対してアロマテラピーを行った結果、情動面、食欲、睡眠状況に改善がみられた。この 改善効果は、入院中に孤独感を感じることが多い高齢者にとっては、アロマテラピーによる薬効以外の二次的な効果、すなわち“何か新しい治療に期待する”と いう精神面での波及効果が加味された可能性も否定できない。しかし、そのようなことも含め総合的に改善効果がみられたことから、アロマテラピーは本邦でも 今後さらに、臨床的に検討が積み重ねられる必要があると思われた。
また、アロマテラピーは、同時に複数人に実施することが可能で、簡便安価であり、副作用も少なく、医療費の軽減にも資する可能性があると思われる。
謝辞. 看護師長はじめご協力いただいた日比野病院の職員の方々に深く感謝致します。
参考文献
1.UK:Aromatherapy. Lancet, 1990 ; 336 : 1120.(NEWS and COMMENT)
2.林伸光 監修:アロマテラピーコンプリートブック上巻・下巻. ライブラリ香りの学校, 株式会社BABジャパン, 2008.
3.Cannard G: The effect of aromatherapy in promoting relaxation and stress reduction in a general hospital. Complement Ther Nurs Midwifery, 1996 ; 2(2) : 38-40.
4.Diego MA et al:Aromatherapy positively affects mood, EEG patterns of alertness and math computations. Int J Neurosci, 1998 ; 96 : 217-224.
5.Lin PW et al:Efficacy of aromatherapy (Lavandula angustifolia) as an .intervention for agitated behaviours in Chinese older persons with dementia: a cross-over randomized trial. Int J Geriatr Psychiatry, 2007; 22 : 405-410.
6.木村有希 他:アルツハイマー病患者に対するアロマセラピーの有用性, 日本痴呆学会誌, 2005, 19 - 1
7.Ebihara T:A randomized trial of olfactory stimulation using black pepper oil in older people with swallowing dysfunction, J Am Geriar , 54(9) : 1401- 6 . 2006
Evaluation of aromatherapy for the older patients with physical and mental health problems
Noriko Kinouchi , Shingo Hibino , Toshiyuki Hibino
Hibino Hospital, Terashimahoncho HIgashi 2-14, Tokushima City, Tokushima Pre, Japan
Today the number of old inpatients has been increasing. Although they are medicated properly ,they sometimes have anxiety, depression, sleep disturbance and appetite loss. We evaluated the effectiveness of inhalation aromatherapy to improve such problems using four aroma essential oils, orange-sweet, grapefruit, tea-tree and black-pepper. Results show that 30% of the patients improved mental conditions and 47% had better sleep and 40% had more appetite than before. Mental conditions and sleep disturbance are evaluated by interviewing both patients and their carers independently. And the results show almost the same percentages. Appetite is evaluated by measuring the amount of food they took before and after aromatherapy. We did not have any side effect in the course of this trial. In Japan, some consider aromatherapy as mystical or magical and clinical use for aromatherapy is not prevailing . But this paper shows that it is beneficial and can be a general clinical practice in the near future.